凰建設の森です。
本日は朝は現場の検査。
予てから、ちょっと特殊な
土地で家を建てますと
お伝えしておりました所。
↓ ↓
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岐阜市民なら、
ああ、あそこなんですね。
と分かる場所かと思います。
岐阜市で一番の観光地。
昔ながらの街並みを
壊さないでください。
木を沢山使ってください。
だけど準防火地域だからね。
という、感じの場所です。
こんな場所で家を建てさせて
いただけるなんて、
名誉な事になります。
100年続いてきた街並みを
この先の100年まで繋いでいく。
そんな仕事が出来て光栄です。
さて、本日の話題ですが、地鎮祭。
いつかそういう時代が来るとは
思っておりましたが、
地鎮祭をやるかやらないか。
それが論じられる時代になりました。
弊社でも、会社始まって以来の、
「地鎮祭は予算削減でやりません」
というお施主様が登場しました。
多分、この話を聞くと、年齢が上の
世代ほど、あり得ないという反応に。
地鎮祭とは土地の神様にご挨拶をし
工事の無事を願う神事になります。
無論、無料では出来なくて、
地域の神社の神主さんに3万円程の
神饌料(しんせんりょう)を払う。
横浜にいたころは、神主さんが、
うちは地鎮祭を○○円でやりますので
是非ご用命ください。
みたいな感じで営業に来たことも。
世知辛い世の中だなと感じたものです。
さて、地鎮祭で3万円払うのと、
壺を3万円で買う事の違いは何か?
と言われると、なかなかに困ります。
つまるところ、昔からみんなが
当然に信じてやってきたことだから。
という感じの答えになります。
間取りの時に気にする家相や風水も
同じと言えば同じですね。
私の立場としては、以前から
明言しておりますように、
消極的賛成となります。
私個人としては、そこまで
信心深い人間ではありませんが、
家づくりは自分の物であると同時に
周りにも影響を及ぼす物です。
良くないとされていることをやると
必ず外野からの声が届きます。
あの家、鬼門に玄関ですって。
あの家、裏鬼門に台所があるわよ。
あの家、地鎮祭をやってないんだって。
あの家、三隣亡に上棟してたらしいよ。
また、万が一何か家族に良くないことが
起こった時にはセットで言われます。
ほら、あんなふうに家を建てるから。
と。
ケガ、病気、離婚、受験や就職の失敗。
仕事のトラブル等、全部家のせいに。
田舎であればあるほど、
周りに年配の方がいるほど、
周りに信心深い方がいるほど、
万が一の時に言われる確率が上がる。
そういうことを言われて気分を
害したりするくらいなら、
ある程度は考慮してやった方が
精神衛生上も良いのでは。
という意味での消極的賛成。
地鎮祭をやらないと言われた時の
素直な感想としては、
準備や臨席に人手を割かないで
済むので、経済的には会社も
楽だなと思ったのもありますが、
やはり、大丈夫かな?
というのが正直なところです。
信心深くはありませんが、
就職して建築業界に入って以来、
必ずやっていた地鎮祭。
やらなかったとして何か
物理的に不都合がある訳では
無いのですがそれでも
漠然とした不安感が。
当たり前にあると思っていたのが
無くなるってこういう事なのかと
自分の感情の観察が面白いです。
恐らくこれからも増えるであろう
地鎮祭をやらないで家を建てる人。
私たち業界の中の人も、
少し価値観をアップデートしなくては
ならないなと、改めて思いました。
さて、あなたはどうする?
